多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

残暑とクール大人s

「暑い…」
 9月半ば、猛暑のピークが過ぎいくらか涼しくなったとはいえ、昼に近づくにつれ気温が上昇していくと8月と変わらない暑さがひしと伝わり汗が浮かぶ。空は快晴も快晴。白い雲と青い空が、まだまだ続く暑さを教えてくれる。
「暑い…」
 いわゆる残暑、である。立秋後の暑さのことをいう。今年の立秋は8月7日だったそうだ。秋まで残る暑さだから残暑。こんな特に知っていても益にならない知識が余分に出てくるのも、
「暑い…」
「ちょっと美優さん、そんなに暑い暑いと言われてはこちらも暑くなります…」
「あ、すいません…。つい、知らないうちに…」
 事務所のクーラーがついていないから、である。
 美城プロダクションでは昨今の節電の風潮に従い、日に数時間、数回に分けてクーラーの使用を制限するという旨の命を各部署に通達した。9月なら幾分か涼しくなるし、せいぜい数時間なら構わないだろうと開始された計画だが、落とし穴があった。
「でも美優さんの気持ちもわかるわ…。今、1時過ぎよ…。」
 それはクーラーを止める時間が部署ごとにズレている、ということだ。一度にすべての部署でクーラーをつけるのはよろしくないから、階ごとに時間をずらし、2階なら10時~12時、3階なら12~14時、といった風に、一度にクーラーをつける階を分けることで節電を図ろうというものがこの計画の肝だったのだ。しかしこの計画の煽りを受けたのが、
「あ、楓さん扇風機占領しないでください…。」
「ばれました?せんぷうきをせんりょう…はぁ…」
「キレがすごく悪い…」
真昼間にクーラーを止められた階である。この計画が始まってから、どの部屋からも怒りとも諦めとも分からないが、とりあえずアイドルらしからぬ声が聞こえるようになった。姿は言うまでもないだろう。
「ねぇ、プロデューサーはまだかしら…」
 そしてここに被害者が三人。高垣楓、三船美優、川島瑞樹である。ドラマの打ち合わせで集まったものの途中でプロデューサーが待機を命じて退室して今に至る。待機を命じて30分、大人の女性三人がえらいことになっている。部屋には例にもれず、アイドルらしからぬ声と扇風機の音のみが響いている。
「流石に限界だわ、冷えピタでもあったら…」
「いいですねそれ…、川島さん買ってきてくれませんか、私は待っていますので…」
「動きたくないわ…」
「「わかるわ…」」
 自然と語気も弱る。今の彼女たちはもはや生ける屍、翼をもがれた哀れな天使…、
「ちょっと今蘭子ちゃんがいたような…」
「何言ってるんですか…蘭子ちゃんさっきレッスン行くって…言ってたじゃ…」
「もはや言い切る気力も…」
「レッスンしててもやっぱり色々衰えてきてるのね…」
体力とか肌年齢とか不可逆の体重とか。続きにくる絶望的なワードが自然と頭に浮かび、沈黙に支配された部屋に、
「お邪魔しまーす!…ってあれ?先客がいましたか!これは失礼しました!」
フレッシュな若さがまぶしい、ザ・パッション娘が入って出ていこうとしていた。
「茜ちゃん、別にいても構わないわよ…」
「本当ですか!では失礼いたします!」
「どうしたの…?」
「いえ!未央ちゃんと藍子ちゃんと弁当を食べようとしたんですがクーラーがついている部屋がどこも使われていまして!そうこうしているうちにお2人は仕事で行ってしまいましたので食べる場所を探していたんです!」
「「「あぁ…。」」」
このテンションの差が年齢の差である。ちなみに彼女たちのプロデューサーもクーラーがついている部屋を確保できなかったクチである。そして弁当を食べ始める日野茜。黙々と弁当を食べる日野茜。大人3人は扇風機を静かに、ゆっくり、取り合っていた。
「それにしてもやけに元気がないですね!どうしたんですか!」
「暑いのよ…。…茜ちゃん平気なの?」
「ええ!これでも少し前よりは涼しくなって過ごしやすくなりましたし!」
「すごいですね…これが…涼しい…」
「美優さんがそろそろやばいです…ほら、扇風機どうぞ」
「ありがとうございます楓さん…あぁ…」
「夏バテですか!十分に食べないといけませんよ!」
「ううん、ただ暑いだけよ」
「そう…暑いだけなんです…あぁ…」
「美優さん…」
「むむむ…これはひどいですね…美女三人ともこれでは台無しです…」
「あらうれしいわ茜ちゃん」
「でも瑞樹さんは割と元気ですね?」
「そう?茜ちゃんの元気にあてられて元気になったのかしら」
「じゃあ元気ついでに冷えピタを…」
「そうですね、美優さんの言う通りここは川島さんに買い出しを…」
「あぁ…暑い…動けない…」
「あ、ズルいです…」
「冷えピタですか!いいですね!私としては走るのが一番いいと思いますが!」
「走…る…?」
「美優さんが走ることを忘れたような顔を…」
「私!ひとっ走りして買ってきましょうか!私も食後の運動ができますしwin-winです!」
「あら本当?助かるわ、じゃあそこ、…そうそこのカバンに財布があるから取ってくれない?…ありがと、じゃあこれくらいでいいかしらね、お釣りはお駄賃よ、好きに使ってちょうだい」
「本当ですか!ありがとうございます!行ってきます!」
そう言うや否や、弁当を綺麗に片づけて颯爽と部屋を飛び出す茜を横目に、
「若いわ…」と川島が呟き、
「若いですね…」と楓が目を細め、
「暑い…」と美優が扇風機に覆いかぶさった。

日野茜!ただいま戻りました!」
「おかえり茜ちゃん、ありがとね」
「いえ!割と近所で済んでしまって残念です!」
「ありがとう茜ちゃん」
「ありがとうございます…」 
次々に冷えピタを額に張る三人。即座にもたらされる涼しさに、自然と顔がほころぶ。
「あぁ~いいわねこれ…」
「はい…」
「おでこを冷えピタででこる…ふふ…」
「少しキレが戻ってきたような…きてないような…」
「そんなにいいものですか!では私も!」
 大人三人のだらしない笑顔につられ、美城プロ屈指の元気娘も冷えピタを額に張る。
「「「「はぁ~~~」」」」
灼熱の事務所にに、涼しさという平穏がよみがえった瞬間である。大人3人の復活を見届けた茜は、
「あ、私もこれから用事がありますので!では!」
そう言って丁寧にお辞儀をし、部屋を後にした。冷えピタをしたままで。
「いや~茜ちゃんには助かりましたね」
「全くです」
「救世主だったわね、これでいくらかマシになったわ」
…と、突然。
ゴウンゴウンと、聞き覚えのある音が部屋中に響き渡った。
「ねえ、これって」
「クーラー、ですね」
「…あ、今2時です」
「タイミングがいいのか悪いのか…」
「あの、これじゃ冷えピタが」
「3人で割り勘にするからね?」
「あ、ひどいです」
そのときガチャリ、と扉があき、
「すまん!書類の不備で呼ばれてて、訂正してたら遅れちまった!」
彼女たちのプロデューサーが、やってきた。
「暑いとこでずっと待たせててすまんかった!連絡の1つでも入れておけば良かったんだが専務が怖くてなー俺あの人は苦手なんだわ…ってどうしたみんな、冷えピタなんかしてたっけ」
「プロデューサー」
「どうした川島」
「冷えピタの代金、自腹で払ってちょうだいね」

 その時の三者三様の表情はおぞましくて忘れようにも忘れらんねえよ、俺が何をしたってんだよチクショー、はプロデューサーの言葉である。