多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

夕暮れ、静かな事務所にて

「お疲れさまでーす」
事務所のドアを開ける。夕方の事務所はみんな仕事が終わって帰ってくるため、いくらか賑やかだろうと思っていたが、
「あれ…?」
意外と静かだった。誰もいないかのような雰囲気すら感じる。まあでも珍しいことでもない。事務所に人がいないということはみんな仕事を頑張っているということだ。そこはやはり、
「プロデューサーさんのおかげですね」
と、自分を顧みず汗水たらして働いているプロデューサーのことを思い出してほほ笑む。とりあえず自分はソファにでも座って川島さんを待とう。今日は彼女と飲みに行く約束をしているのである。仕事が押していて少し遅れる旨のメールをもらったし、事務所でゆっくりしていればそのうち戻ってくるだろう。そう思いながら三船美優はいつも座っているソファに向って、
「あ」
 爆睡している、高垣楓を見つけた。

「寝てる…」
ソファに深く体を預けてすやすやと寝息を立てる高垣楓を見つめながら3分が経とうとしている。それほど今の無防備高垣楓は衝撃的だった。あの楓さんの寝顔だ。そう思うだけでなかなか高揚してくる自分がいるのである。
「しかし、寝相も完璧だ…」
そこはやはり高垣楓、完璧な寝相がそこにあった。足はソファからはみ出すことなくきちんと折りたたまれていて、薄目を開けて寝ているなんてことはもちろんない。一言で言って綺麗、もう一言付け加えるなら女神、である。
「これでしょうもないダジャレさえ言わなければ余計なイメージも崩れずに済むのにな…、いや、でもこのおかげで親しみやすいイメージがついて事務所内でも人気なのかしら…」
ブツブツと呟きながら高垣楓を観察する。見れば見るほど隙のない完璧な美女。見ているこちらが恥ずかしくなるほどだ。確かそんな意味の古文単語があった気がする。美しすぎてこちらが恥ずかしくなるような、そんな単語が…
「って、これは良くないんでしたっけ」
こういうことを言うと楓さんは怒る。自分のことを下げるのは良くない癖だ、と頬を膨らませる彼女はとてもかわいらしいが、それは別として彼女の言っていることはとても刺さる。
 これでも変わったほうだが、私は自分を必要以上に卑下するきらいがある。だからスカウトされてなんとなく事務所に来た時も、周りと比べて自分の醜さに嫌気がさしたものだ。そんな私を変えてくれたのは、プロデューサーと、楓さんだ。プロデューサーはこんな私のために、私が気に入りそうな仕事を根気強く取ってきてくれた。明るい、キラキラした世界があることを教えてくれたし、あなたは決して醜い人ではないと、私がスカウトした人なんだから自信を持ってほしいと、そういってくれた。楓さんは、プロデューサーつながりで出会った。事務所に入った当初は何故か何かと気にかけてくれて、あなたは素敵な女性だと言い続けてくれた。お酒にもよく連れて行ってくれた。あとで、プロデューサーが気をまわして楓さんに私を気にかけてくれと言っていたらしい。お酒のお金もすべてプロデューサー持ちだとも。でもそのことについて言うと、
「何もプロデューサーに言われて仕方なく、ではありませんよ?確かにお酒がタダで飲めるのも魅力的でしたが…ってそういうことではなくてですね、あなたとお酒を飲みながら話していて純粋に楽しかったですし、あなたが魅力的な人だというのがひしひしと伝わってくるんです。あなたはよく自分のことを悪く言いますけど、それって自信がないのもそうですけど、優しいんですよね。あなたが優しくて、少し自信がないから、自分に向いた好意に対してもそんなことないよってこちらが傷つかないように優しく拒絶してるんですよ。美優さんは優しいですね、私はそんなあなたと一緒に仕事ができてとても幸せです。だから、自信を持っていいんですよ。あなたは、私が認めたアイドルなんですから」
 言うなれば私は、プロデューサーに変わるきっかけを、楓さんに変わる後押しをもらったのである。そして今の私がいる。
「…って、つい昔のことなんか」
 眼下の美女を見ながらつぶやく。この人には感謝しかない。だから―—、
「一緒にお仕事できて私は幸せ者です。たくさんの幸せを、ありがとう。これからも、よろしくお願いしますね。…え、えっと、その…。………大好きです」
眠っている高垣楓に言いたいことを言うだけ言い、火照って弾けそうな顔を隠して部屋を出る。そろそろ仕事を終えた川島さんからメールが来ているだろうと期待してケータイを開き、
「—―しまった」
―—楓さんの、寝顔を、撮るのを、忘れた。
1件の新規メールを受信した画面を見つめ、うなだれるのであった。

 

 

そして三船美優が部屋を出るのと同時に、真っ赤に茹で上がった顔でソファから飛び起きる高垣楓の姿があった。じっと見つめられ、起きるタイミングを見失っていたら、
「……大好きです、か」
思わず反芻する。間違いではないと、確認するかのように。
「…参りましたね、いつか、今度は私が」
人のいない、静かな事務所に、澄んだ独り言が響き渡った。