多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

電話のおはなし

「…というわけでですね、電話で聞いている声は実際の声とは違う人の声なんですよ」
「へぇ…すごいですね」
「でしょう、技術の高さを感じます」
「というと、今聞いている楓さんの声は楓さんの声じゃないんですね」
「そうですね、本当の私は電話にでんわ、といった感じでしょうか」
「ちょっと無理がありますね」
「確かに、ふふっ」

 私と楓さんは電話をしている。というのも楓さんが長期間ロケで遠方に発ってしばらくして、
「さみしいです…」
という電話がかかってきたからである。といっても2日後とかだった気がするけれど。とにかくしおらしい楓さんを前に断ることもできず——そもそも断る気はなかったけれども——こうして都合が合う日には夜中に少しだけお話するのである。

「—―ところで楓さん、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「仕事ですよ。大変じゃないんですか?」
「あ~それは大丈夫です。むしろ順調すぎて1日早く終わっちゃいそうですよ」
「えっ、それはすごいですね。流石トップアイドル」
「それは違います、共演者の方がすごいだけ」
「謙遜しないでくださいよ」
といった風にとりとめのない話がつらつらと続き、最後は数十分経ってから楓さんが満足して終わる。しかし今日は少し違っていた。
「あ、もうこんな時間。明日も早いんでしょう?」
「…はい、そうですね」
「どうしました?」
「…もう少し、お話しましょう」
 いつもと声のトーンが違う。すごく明らかにへこんでいる。あの人がへこむのはレアだけどその分厄介なのは経験談である。
「何かありましたか」
 自分に出し得る最高に優しい声で促してみると、楓さんはとつとつと話しだした。集合時間の変更を忘れていて遅刻したこと。それを引きずって一日中調子が良くなかったこと。共演者のフォローがなかったら一日をドブに捨てていたかもしれないと話すころには、半泣きなのでは…?と思うほどであった。
「…というわけなんです…」
「そうでしたか、大変でしたね」
「はい…」
「それにしても本当に珍しいですね、楓さんがミスしたり引きずったりするなんて」
 そうだ。こんなことは本当に珍しい。仮にも彼女はアイドルを始める前はモデルをしていたわけで、芸能界に身を置いている期間は私よりも長い。ミスはしてもそれを引きずることが楓さんにもあるんだなぁと、—―場違いな感情だけれども―より親近感が湧く。
「何がおかしいんですかっ」
と楓さんが弱弱しい声でこちらを攻める。電話越しにこちらのほころんだ顔を見抜かれているのだろうか、こういうところはすごい人だと思う。あと酔ってるなこの人。
「いえ、でもあんまりクヨクヨしててもだめですよ?そもそも楓さん、そんなに引きずるタイプじゃないでしょう」
「それは…」
と何か言いよどむ楓さん。ますますおかしい。あっけらかんとしてサッパリした性格の彼女がここまでしおらしい姿を見せるとは…。いや見てはないけども。まさか本当に今電話をしているのは楓さんに似た誰かだったりして…、
「…美優さん、しばらく電話してくれなかったでしょう」
「…へっ?」
 突然の告白に間の抜けた返事を返してしまった。そしてそれを悔やむ私には構わず、楓さんは語り始める。
「だって美優さん、最近仕事が忙しいからなかなか時間が合わなくて、できてもちょっとだけだったじゃないですか」
「そ、それは仕方ないのでは…」
「私結構こういうの慣れてないんですよ?モデルの時だってロケなんていかなかったし、共演者の方だってとっつきにくいし、癒しと言えばこの電話くらいだったのに」
「……」
「はっきり言ってこのロケしんどいんですよ…」
 割とため込んでいたのか、グダグダと愚痴をこぼし始める楓さん。こういう楓さんも割と新鮮だ。あとこういう状態に陥ってしまった人は救済が難しい。何とか彼女のモチベーションをあげる何かを…
…あ。あった。
「…楓さん」
「はい」
「そのロケ、1日早く終わりそうって言ってましたよね」
「はい」
「私その日、お休みです。ですから本当にその日に帰ってこれたら、遊びにでも行きましょうか」
「…えっ?」
「遊ぶのが嫌でしたらゆっくりするのもいいですし、とにかく1日楓さんにあげましょう」
「……」
 沈黙。そして自分で言ったことを振り返り恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。そもそも私なんかといたところで取り立てていいことがあるわけでもないわけだし、かなり調子に乗ってしまった。楓さんもきっと困ってる。きちんとお詫びと訂正を—―
「いいですね!それ!」
「…へっ?」
 また気の抜けた返事をしてしまった。いやそんなことはどうでもよくて、今あの人、いいですね、って言った…?
「いややっぱり私なんかといても…」
「え~、言い出しっぺがそんなこと言うんですか~?もうだめですよ、言い出したのはそっちですから今更訂正はさせません」
「そんな…」
「これは決定事項ですっ、とにかくその日は1日美優さんは私のものですからね!」
 ここまで明るくなるとは思ってなかったが、とりあえず目論み通りうまくいったわけだしまぁ良しとしようか。
「…わかりました、じゃあその方向で。これから電話できるか怪しいですけど、お仕事頑張ってくださいよ」
「はい!頑張ります!」
 最初とは打って変わってこのテンション。とにかく元気になってくれてよかった。
「じゃあ今日はもう遅いですし、早く寝てください」
「えぇ~、もう少しお話したいです」
「明日も遅刻されたら困ります」
「その話を持ち出すのは卑怯です…」
「ふふっ、夜更かしはお肌の敵ですし、今日はもう寝ましょう?」
「…また電話してくださいね?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

夜が更ける。月が綺麗に都会の夜を照らしている。明日はきっといい天気になるだろう。