多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

優しい人

「あら、美優さん」
「あ、楓さん、いらしてたんですか」
「はい、ちょうど休憩時間でして」
「そうなんですか、私もです」
「…何かありました?」
「…実はですね、先程たまたまスケジュールが被ってたのでフレデリカちゃんとレッスンしてたんですよ」
「はいはい」
「あの子って本当、天才って言葉が似合いますね…」
「あ~あの子、何でも高いレベルでこなせますもんね。私もお仕事でご一緒したことがありますけど、勝手気ままに見えて実はすごい取れ高になってた、みたいなことばっかで驚いたのを覚えてます」
「そうなんです、自由にふるまえるのも結果がついてくるからなんでしょうか…」
「いや、そんなに打算的な子ではないと思いますよ、心底勝手気ままにふるまって結果がついてくるから天才なんだと思います」
「あぁ~、確かにそんな感じがしますね。レッスンのときなんてすごいんですよ、あの子レッスンまではひたすら喋り倒してるんですけど、いざレッスンが始まるとそれはそれはもう訳が分からないステップも一発でオッケーもらってたりして…」
「あれをはたから見てるとしんどいですよね…」
「そうなんです、もう参っちゃって…」

 いつもと変わらない日常。顔を合わせればとりとめのないことを話すような、そんな関係。私と楓さんの距離感は、とても心地よいから好きだ。
「美優さんと楓さんの関係って、すごいわよね」
「「…え?」」
 突然、先刻のやり取りを聞いていた川島さんが声をかけてきた。
「一目で美優さんがへこんでるなんて私、分からなかったわよ」
「そうですか?誰から見てもへこんでたじゃないですか、さっきの」
「え~?そうかしら、いつもと何ら変わりない顔だったわよ」
「そうでしょうか…」
「美優さんも美優さんで、楓ちゃんと喋るときはやけに明るくなるわよね」
「えっ、そうですか…?特に何も考えてなかったんですけど」
「何も考えてなかったんですか、今の会話」
「あっいや、そういうわけではなくてですね」
「ほら、楓ちゃんと喋ると声のトーンが上がるわ」
「えっ、本当ですか、楓さん」
「はい、そうですね」
 思わず顔が赤くなるのが顔の火照りから分かる。
「え、もしや楓さん、以前から気付いて…?」
「ええ、結構前から」
「っっっっ!!!!!」
 耐えられない、たえられない。
「あら、逃げちゃったわ」
 遠くから川島さんの声が聞こえた。





 部屋の外から出て顔と頭を冷ます。川島さんの指摘もそうだが、何より自分でも気づいていなかったテンションの変化を楓さんに気付かれていたのが恥ずかしかった。それもかなり前からというのがさらに。
「…さん…」
 確かに楓さんといるのは楽である。でも、あくまで他の人に対しても同じような雰囲気で話しかけようとしていただけにこのことはかなりクるものがある。
「…ゆ…さん…」
 …私は楓さんのことをどう思っているのだろう?単なる同僚?友達?何か、どれもしっくりこないような気がする。
 つまるところ、私は、楓さんのことを——
「み~ゆ~さん」
「わあっ!」
 突然隣に現れた存在に驚く。
「何ずっと1人で思い詰めてるんですか?さっきから声かけてたのにまるで気付かないんですもの」
「えっ、ずっといたんですか」
「はい、美優さんが部屋を出てからすぐ追いついて、で、ず~っと」
「そ、そうだったんですか…」
「で、何を思い詰めてたんですか」
 川島さんの言う通り、楓さんは最近鋭くなったと感じる。表情を読み取るのが特に。
「…内緒です」
「え~」
「…内緒、です」
「…そうですか」
 楓さんが隣にいる。普段ならなんとも思わないのに、今は妙に緊張している自分がいる。
「美優さん、」
「はい」
「私、川島さんに言われてから考えたんですけど、ちょっとした表情の変化に気付けるのって美優さんだけだと思います」
「えっ」
「ほかの人だとこうはいかないんですよ、きっと、美優さんだからです」
「あの、ちょっと…」
「で、思うんですけど、きっと美優さんは私にとってとく…」
「ちょっと待ってください!」
 思わず遮る。こんなに私が恥かしいことを臆面もなくさらさらと言われてしまってはこちらが困るし、何より、
「あ、あの美優さん?どうかしましたか?」
「…私も、言いたいことがあります」
 私が苦労してたどり着いた結論を、簡単に言われると困る。
「…はい」
 そんな心境を察してか、楓さんは優しい笑顔をこちらに向けてほほ笑む。その笑顔に促されるように、私はとつとつと言葉を発する。
「…私、誰にも等しく仲良くなろうと思ってたんです。だから楓さんに対しても、みんなと同じように接しようとしてて」
「はい」
「でも、楓さんは違ってました。いつも私を気にかけてくれてて、すごく、優しかったんです。だから、それに応えようと、つい、頑張ってて」
「はい」
「ほかの人とは違うんです、楓さんは。ここまで優しい人にあったのは、あなたが初めてかも」
「照れますね、ふふっ」
「それから私、楓さんを他の人とはちょっと違う存在に思うようになったんだと思います。ほかの人達ははっきり同僚って位置づけられるけど、楓さんはそれ以上の何かがあるから、はっきり同僚、で片づけられない気がして」
「そうですね、私も、そう思います」
「だから、私、楓さんのこと、特別な存在に感じています」
 …大した中身はない言葉だったけど、それでも自分は満足だ。少なくとも、楓さんが自分の中でどういう位置にいるのかがよく分かっただけで満足である。
「…何か、悔しいですね」
「えっ?」
「やけに、満足気ですから」
「やっぱり、よくわかるんですね」
「ええ。私も、美優さんのこと、自分にとって特別な存在だと思っていますから。だから、美優さんのことはよくわかりたいと思うようになったんです」
「そうなんですか」
「はい、私、美優さんのこと、大好きなんですよ?」
 言われて耳まで赤くなる。全く、この人はどうしてこうこちらが照れる言葉を言えるのだろう。
「さ、部屋に戻りましょう、美優さん。川島さんが困っているでしょうから」
「困っているでしょうか」
「面白がっているだけかもしれませんね」
ふふっ、と声を揃えてほほ笑む。私は、扉を開ける。