多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

狼人間

「み~~~ゆ~~~さ~~~ん~~~」
「ちょっともう…、いつも肩貸さないとまともに歩けなくなるまで飲むの、悪い癖ですよ…。あっ、ちょ、どこ触ってるんですかっ」
「ふふふ~、よいではないかよいではないか~~」
「ここまで酔ったのは久々ですね…」
 何故か今日の楓さんは上機嫌だった。理由をどれほど尋ねても訳ありげな笑みではぐらかされ、お酒に手を伸ばすスピードを速めるだけだった。そして飲み始めて二時間。あちこちハシゴして飲み続けた楓さんは、半年に一度あるか無いかの酔いっぷりで今、私にセクハラをしながら家に強制送還されているというわけだ。
「美優さん、その子のお守り、お願いね」
と、川島さんには半ば強制という形で楓さんを押し付けられ、
「送り狼になっちゃダメよ、ふふ」
と志乃さんにはからかわれた。
「もう、こっちの気もしらないで。第一女同士で何が送り狼なんだか」
独りごちて、あらかじめカバンから拝借した鍵でカギを開ける。もうこの人にまともな言葉は通じないと見たほうがいい。さっきからやらしいところばかり触ってくるなんて、普段のあの人からはまるで考えられないからだ。
 ドアを開けて、楓さんを家の中に押し込む。とりあえず上着だけ脱がして、今日はもうこのまま寝かせてしまおう。見たところ吐き気があるとかはなさそうだし、純粋に正気を失っているという感じだから、吐いたものが喉につまって…みたいなよくある事故は起こらないだろう。
「楓さん、上着脱いでください、それで今日はもう寝ま…」
「みゆさんがぬがせてくださいっ♪」
 酔っているとはいえ、これは卑怯である。かわいい。とてもかわいい。志乃さんの言葉が頭の中をぐるぐると回る。頭の中に狼がいて、この目の前の酔いつぶれた天使を前に、理性を食い殺さんと牙をむき出しにしているイメージ。つまるところ、私もそれなりに酔っているのである。
「上着、だけです」
「なにいってるんですか、したぎまであせできもちわるいですからぁ、みゆさんがきがえさせてくれたらうれしいなぁ」
「っっっ!!!!!!」
 本当にこの人は、元モデルのトップアイドルなのだろうか。本当に25歳?なんでこんなにかわいい酔いつぶれかたをしているんだろう。あと理性が壊れかねない。この綺麗ですべすべな肌が、今無造作に眼前にさらされていることに理解が追い付かない。あぁやっぱり私も普段より酔ってるな、
…というか。
「楓さん、なんで今日はそんなに機嫌が良かったんですか?」
 ずっと聞きたかったことを、酔いつぶれているのをいいことに聞いてみる。何があったらこの人はここまで上機嫌でお酒を飲めるんだろう?
「それはですねぇ…」
ごくり。
「……ナイショ、ですっ」
がっくり。
「これがかわしまさんや、しのさんならはなしてもよかったですけど、みゆさんはだめです」
「…そうですか」
 そこまで言われては仕方ない。また話してくれたらその時に聞こう。
「で、ぬがせてくれないんですか?」
 逸らしていた話題が一瞬にして戻ってきた驚きと困惑と恥ずかしさで、唾がむせる。楓さんに背を向けてごほんごほんと喉を落ち着け、
「しません」
したいけど、という心の声を無理やり押さえつけて、ありがたい申し出を断った。
「そうですか…」
 背中越しの楓さんの残念がっているのか面白がっているのかわからない声を聞き、再びむせて痛む喉を咳払いで落ち着ける。そしてふりかえると、
「あ、みゆさん、きがえとたおる、もってきてください」
半裸の美女が、そこにいた。
「えっちょ、何してるんですか楓さん!」
「なにって、みゆさんがぬげっていったんじゃないですか」
「そ、そうですけどっ!」
「それになにをそんなにあわてて、たにんのはだかがはじめてなわけでもないでしょうに」
「…っ」
 確かにそうだ。何をそんなに取り乱すことがあるのだろうか。一体何に動揺しているのだろう。
「—―はぁ」
 考えるまでもない。単純に私は、こういう状況になったら人間、否が応でも送り狼になりかねないということを知っているだけなのだ。志乃さんの台詞がさらにとどめになって、今夜の私は送り狼と人間のはざまを漂っている不純な存在。だから、送り狼みたいに開き直れないし人間のようになんの動揺もせずにいることもできないでいる。俗にいう、意気地なしである。
 そして、意気地なしの狼人間は、
「さっさと着替えて寝てくださいね!私、急用を思い出したので申し訳ないんですけど失礼します!」
と、もう一度美女の裸を見ることもなく、家から逃げてしまったのである。頭を冷やそうと、アルコールの入った私なりの結論だったのだが、そのまま家まで帰ってしまい、その後後悔やら場違いな自責の念やらで、その日は眠れなかった。

 
案の定楓さんは、昨夜の一悶着を何も覚えていなかった。それどころか最後の1軒から記憶が無かったらしい。私は、ほっとしたような、少し残念なような、そんな気持ちに…

……あれ?なんで、残念…?