多分すぐ飽きる

多分すぐ飽きます

問わず語り

発表に向けて一緒に勉強してた友達がデートに出かけてしまったので一人です。

 

デート。響きがとてもいい。語源はあの英語で日付を意味するdateらしいです。予定が合う日というローマの言葉が由来なのだそう。予定が合っていたわけだし、私と友人が発表に向けて勉強していたのも「デート」と呼べるんですね。男同士なのが虚しいです。

 

このブログもしっかり飽きてきたのでタイトル回収が完了しました。というかめちゃくちゃ忙しくなってしまったから書く時間がないだけなんですけどね。

 

人が何かを辞めるきっかけはたくさんあれど、大多数を占めるのはきっと「時間」のせいですよね。

忙しくてそれに割く「時間」が生み出せないから辞める。若い時の熱量が、「時間」が経った今となってはすっかり冷めてしまった。もしくは熱量が続く「期間」が短くなってしまって飽きた。

時間は暴虐で、どんな偉丈夫も時間が経てば老いるし弱るし死ぬ。人間が死ぬのは酸化のせいだぞって中学の時の理科の先生が言っていたけど、それも「時間」をかけて酸化していくからなんですよね。酸化で死ぬなら還元すれば延命できるのかしら。そこまでして長生きはしたくないです。

 

最近は死にたい年齢が段々若くなってきて、この前は「25歳で死にたい」って言っていました。嘘です。本当は22歳がいいです。

老後に田舎の一軒家に移住して、綺麗な空気を吸いながら女房と二人で日向ぼっこがしたい、なんて考えていたのはいつの話やら。都会の喧騒と汚い排気ガスと個人経営の喫茶店のタバコの煙を体に染みつかせてしまえば、未来はそんなにいいものじゃないなと誰だって思うでしょ。

 

この前平家物語を読んでたら「つぼめる花の散れるがごとく」、天皇が若くして死ぬという文に出くわしました。私も二条天皇みたく若くして死にたいけれど、今死んでしまうときっと今の私なら「つぼめる花の散れるがごとく」、なんて綺麗な言葉で形容してはもらえないんですよね。だから当面の目標としては、「つぼめる花の散れるがごとく」失せることができるように、自分を少しでもいい人にすることなんですよ。

んで頑張ってたら人生が楽しくなって、きっと幸せの老後が待ってんのかなって。なんだ、結局蕾は開いたのかどうかもわからないままこんな歳まで生きちゃったよ、なんて言いながら笑って死ねるのかもなぁ、とか思いました。

 

友達は今紫陽花を見に行っているらしいです。紫陽花かー。紫陽花の蕾は小さいからなぁ。できればもう少し大きめの蕾になりたいものです。