多分すぐ飽きる

どうせじき飽きるので、適当なことを書いています。

年の瀬

玄関を開けるとケージの中で柴犬が寝ていた。毛布を下に敷き、狐みたいな顔をして眠っていた。僕の気配に気づくと目を開け、こちらが差し出した手にもぞもぞ、ゆっくりと頭を当てにくる。眠っている姿勢から動かず、首から上だけで訪問者を歓迎するという、寝ているのか起きているのか分からないこのスタイルは、僕が大学にいってからずっと変わらない。そういえばこいつはあっという間に誕生日を三回も迎えていた。人間に換算すると圧倒的に僕よりも年上なんだそうだ。ボールを投げると100%の力で取りに行くような犬が僕よりも歳上なのか。もう少しおとなしくなってくれてもありがたいが、僕はこっちのほうが好きだと思う。

母は事あるごとに僕に酒を飲ませようとする。父も事あるごとに酒を飲ませようとするし、姉は自分からビールを嗜むような人間に変わっていた。妹は少しだけ無愛想になっていた。この年代の女のことは本当によく分からない、なにせ大学に入ってからも女といえば中学生とか高校生とかとしか喋っていないのだ。塾のアルバイトのことだ、勘違いされては困るが僕はそこまで蛮勇を冒せるタイプの人間ではない。初めてネットに自分が書いた二次創作のssを流したときも怯え散らかしていたのだ、人の目が見えなくとも何かと理由をつけては怯える臆病者に、そんな事ができるか。

話が逸れるのが僕の癖である。ともかく年末に家族が集った。もうこれ以来、年末年始しか家族が揃う時期はないだろう。年末年始に揃うだけでもありがたい話だと思う。年末年始にバイトに勤しむ友人だってたくさん知っている。

父も母も夜はあっという間に寝てしまって、暇な時間ができる。俺も姉も妹もめちゃくちゃ仲がいいというわけではないので、大して話をするわけでもない。一言二言、雑に近況を探って終わった。姉に彼女ができた話もまるで広げる気が起きなかった。僕が性的不能というわけではなく、純粋にそれ以上話をすることに興味が出なかったからだ。そもそも姉についてはこの20年近く全くもって喋ってこなかったので、少しでも喋れるようになったことがすごいことなのである。全国のシスコンに言いたい。リアルはきっとこんなもんなのだ。僕がずっと欲しいと思っていた「兄」という存在に抱いているイメージもきっと間違いであるように、兄妹というものはまるで大したことのない関係性なのだと思う。

ともかくとても暇な時間ができたから、なんとなく自分の部屋に行って、なんとなくパソコンの電源を入れた。これじゃあ下宿と変わらないが、なんか違うなぁという感じはある。なんとなくだが時間がゆっくり、緩慢と流れている感覚があるのだ。あっちじゃ気づいたらあっという間にてっぺんを超えて、気づいたら朝が来ているような感じがあった。でもここだとなんだか夜が夜として訪れてくれて、ちゃんと体内の時計と外の時計のズレを無くしてくれている気がするのだ。田舎だからだろうか、よくわからないがそういうことにしておいてもなんら嫌な気はしない。

人間の体内時計は25時間らしい。だから普通に生きていると絶対にズレる。日光を浴びればそれをきちんと修正してくれるようだが、それをサボるとズレは悪化の一途をたどる。きっとそのズレは人間として大事なところにもズレを生むのだ。正常な判断、心のバランス、エトセトラ。下宿にいるときは気づいていなかったが、どうやらそこそこズレていたようだ。この時間にそこそこ眠くなっているのを感じながら、そんなことを思う。

実家はいい。時間がゆっくり流れる。それもきちんと減り張りがついていて、人間として僕を正常に戻してくれている気がするのだ。一人で部屋にこもってパソコンを触っているが、今の僕は下宿にいるときの僕とはなんだか違うように思える。明日はいい日になるだろうか。姉とも妹とも、もっと話ができるだろうか。年の瀬が、静かに正常に、シスコンにも、女と関わりのない僕にも、平等に降り注いでくれよなんて祈りながら僕はノートパソコンを閉じた。玄関を覗く。柴犬は誰かに掛けられた毛布を除けることもせず、静かに眠っていた。雪が降っていた。ゆっくり、緩慢に降っていた。