多分すぐ飽きる

どうせじき飽きるので、適当なことを書いています。

徒歩で行こうよ

「車が欲しいなぁ」と君が言うのは、たいてい晴れた日の昼下がり、昼ごはんを一緒に食べてからなんとなく情報番組を見ているときで。

 

「結局買わないけどね」

僕は別に買ってもいいと思ってる。中古ならそこそこ良い軽自動車を買うだけの蓄えだってあるから。いつも僕は君の話を前向きに聴いているのに、君は結局車を買わないよね。

 

「うん、結局買わなくていいかなって思っちゃう」

テレビが丁度車のCMを流して、君は少し目を見開いてそれを見ている。晴れた日の海沿いの小道を軽やかに走って行く水色の軽自動車の運転席に、望めばすぐにでも君を乗せてあげられるというのに。

 

「どうして? 何度も言うけど、お金なら本当に問題ないんだよ」

少し前に僕たちは結婚をした。社会人6年目、付き合って8年目。式は挙げなかったけど、2人とも経済的に余裕が出てきて、仕事も落ち着いてきた。だから車だって買えるし、きっと子どもだって、頑張って養っていけるはずなんだよ。

 

「うーん……それはわかってるんだけどね、やっぱ、うん、」

君は僕と同い年で、就職先は駅二つ分違うだけだったからすぐに部屋も決められた。君がバリバリ働きたいってタイプではなかったから稼ぎは僕の方が少し多くて、でも財布は完全に君に預けている。お金のことなら君の方がずっとよく知ってるはずだし、車は買えるってことも、ちゃんと分かってるはずなんだよね。

 

「車は買わない」

えへへ、と笑って君は言う。君はどんな時でも外出をめんどくさがらないし、大きな買い物に尻込みするような人でもないから、ちゃんと買わない理由があって、いつもその結論になるんだよね。社会人になってすぐ同居して、それから何回かこの会話を繰り返してきたから、その理由もなんとなく分かるけど。

 

「まだいいや。子どもできたらまた考えよ」

君はそう言うともう車には興味が無くなってしまったみたいで、お茶を飲みながらテレビをじっと見ていた。僕はまたいつ車を買うことになってもいいように、スマホで車の情報を集めておくことにした。

 

「あ」

しばらくして君が小さな声を出して、僕はスマホから顔を上げた。君の視線の先にはテレビがあって、そこには洗剤でふかふかになったタオルに子どもが顔を埋めるCMが映っていた。

 

「洗剤切らしてるの忘れてた、買いに行かなきゃ」

「僕も行くよ、買いたいマンガがあるんだ」

「はーい」

「近所のスーパーだよね」

「そーそー」

「自転車で行く?」

「えー。歩いていこうよ」

 

君は歩くのが好きだから、車を買わない。僕はその理由を、結構気に入っている。