多分すぐ飽きる

どうせじき飽きるので、適当なことを書いています。

無題

「人間はさ、教訓が好きな生き物なわけよ」

 そう言うと目の前の女はクリアアサヒを飲んだ。三回喉が動いたあとで、「ぷはあ」と息を吐きながら缶を床に置く。

「特に人間と関係ないものから適当にこじつけた教訓なんてのが大好物でさ、すーぐ心の支えにしちゃうのよ」

「別にどうでもいいけどさ、その缶、危ないから机の上に置いてよ」

「こぼさないわよ。今まであたしが粗相したこと、あった?」

 女は楽しそうに笑ってまたクリアアサヒを煽る。何度も喉が動いて、みるみる缶が上を向いていく。

「あー美味しい。日本人なんて発泡酒で十分よね」

 あっという間に飲み干してしまった。缶をへこませて机の上に立てると、女は小さくあくびをして私に寄りかかってきた。

「眠い」

「暑苦しい」

「エアコンつけるしいいでしょ」

「うわ、勝手につけないでよ」

 大学時代から借り続けている六畳のワンルームに毎日のように上がり込んでくるこの女とは大学からの付き合いである。同じ学部だった縁で仲良くなり、その日からほぼ毎晩私の家で酒を飲んでいる。夜になるとコンビニ袋を下げて鍵の空いている扉を開けてずけずけと入り込み、ダラダラと酒を飲んで駄弁って寝る。翌朝になるとすぐさま自分の家に戻って支度をして、人前に出ても恥ずかしくない格好になってから大学に行くのを繰り返していた。

 卒業間近には私の家でパソコンを突き合わせて卒論を書いた。卒業式のあともこの家で酒を飲んでいた。そして社会人三年目になった今でもまだ私の家で酒をかっくらうこいつを、私はなんだかんだ突き放さずにいる。定職に就いているかも怪しい雰囲気で酒を飲んでいるくせに、三年生の時点で私よりも数段格上の企業に内定を貰っているのは腹が立つが。

「私ね、人間しか信じてないのよ」女は話を続ける。

「は?」

 女は私から離れると、新しいクリアアサヒの缶を開けた。気持ちよくプルタブが音を立てたというのに、こいつは大して感動もせず喉を鳴らして飲んだ。一口が長い。多分もう半分くらい飲んでる。

「人間以外のものを人間と結びつけて教訓を得ようとするって行為が浅はかで嫌いなのよ。だから私は人間からしか学ばない。人間しか信じないってのはそういうこと」

「はぁ」

 分かるような分からないような。ぽかんと話を聞いている私にはお構い無しで彼女は話し続ける。昔からこんな感じだった。この役目は別に私じゃなくてもいいのでは、そういう思いは初めてあったときからずっと抱いていた。

「特に失敗から学ぶものは多いわ。同じ人間の失敗だもの。他のどの教訓よりも刺さるでしょう」

 こいつはひたすら喋り続けるし、私はひたすら聞き続ける。時々聞いていないけど、こいつは別にそれでいいらしい。つくづく頭がいいと思う。私とは少し次元が違うと思わざるを得ない。悔しいけど、こいつはすごい。ずっと家に来るのはそこそこ鬱陶しいけど、頭がいいところは本当にすごいと思う。

「だから私は文学部に入ったの。ここなら本を通して色んな人間の命がむせるくらい強く感じられる」

 私の考えなどお構いなしに女はあっという間に発泡酒を飲み干し、缶をへこませて机の上に置くと小さく伸びをしてからまた私に寄り掛かってきた。

「だから暑苦しいんだって」

「ねぇ、愛してるわ」

 ちょっと赤くなった眼でこちらを見つめて女は不気味なほど美しく笑った。不覚にもドキリとした私は、

「今日ばかりは少し飲まれてるわよ」

 そう言って彼女を引き剥がすことしかできなかった。